ゲネプロ観劇レポート
親殺しをテーマとした演劇製作の末に希望の光が差し込む
6月17日に幕を開ける舞台『テーバスランド』。初日に向けて公開舞台稽古が行われ、一足先にその衝撃の姿を現した。
物語は、劇作家S(甲本雅裕)が、自身が企画・製作した演劇「テーバスランド」について語るところから始まる。彼は親殺しをテーマとした作品を創ろうと、実際に父親殺しの罪で終身刑に処されていたマルティン(浜中文一)を舞台に上げようとしたのだと話す。そしてここで、マルティンとの最初の出会いを再現してみようと言うのである。そう、これから始まるのは、言ってみればSが体験した物語。Sを演じる甲本が温かく観客を導いてくれることで、私たちも冒頭からスッとその世界に入ることができる。あとは、追体験するかのように彼の回想に身を任せればいいというわけだ。
Sの演劇製作は、しかし、スムーズにはいかない。まず、犯罪者を舞台に上げることはできないとの通達があり、マルティンから聞く話をもとにして、オーディションで選んだ俳優フェデリコ(浜中文一)と作品を創り上げていくことに。舞台上は、マルティンと面会する場面のすぐあとに、フェデリコとの稽古の場面になったりもする。ここで驚くべきは、マルティンとフェデリコの二役を演じる浜中だ。うつむいていたときはどこか陰を持つマルティンだったのに、顔を上げると瞬時に、自信あふれるフェデリコになっている。演じ分けという言葉が当てはまらないほどの自然な変貌ぶり。当然ながら、その違いによってSの甲本の反応も変わってくる。マルティンには壊れないようにそっと触れ、フェデリコとはある種同志のような関係が育まれていく。それぞれとのやりとりに思わず笑ってしまう瞬間もあった。甲本のリアクションのセンスが光る。
やがて、交流が深まるにつれ、マルティンも事件のことを話すようになる。Sは考える。オイディプスが父と知らず父を殺し、母と知らず母を妻にしたのと同様に、マルティンにも父親殺しを避けがたいものがあったのではないか。フェデリコのマルティンへの理解も進んでいく。稽古をしている姿はフェデリコなのかマルティンなのか。また、目の前に立っている檻は、マルティンがいる刑務所のものなのか、Sが創る舞台のセットなのか。境目があやふやになってくる。その混乱が心地良く、いつしか、自分ではない誰かと出会い、知っていくことによって、やさしい世界が生まれるのではないかと思い至る。
作者はウルグアイ出身のセルヒオ・ブランコ。スペイン語圏演劇界で注目を集める劇作家のひとりで、今作は世界17カ国で翻訳されている。日本では今回の翻訳も手がけている仮屋浩子が初めて紹介。この日本初演につながった。戯曲の行間を膨らませた演出・大澤遊の手腕も見逃せない。たった二人だけで演じる舞台の中に、広い世界が見えてくる。
文:大内弓子